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2007年 2008年 2009年
 
2010 / NEW YORK


NY Artist Interview : Amelia Biwald

アーティストと聞いた時に思い浮かぶ人物像とはどういう人でしょう? 人それぞれのイメージは異なると思います。しかし共通して言えるのは個性が際立っていて、常人の思いつく事ややる事とはかけ離れた感性や価値観の持ち主だという事だと思います。

5年位前に Scope Hamptons というアートフェアにて初めて会った時の印象は、鮮やかなブルーの瞳、 奇抜だが似合うファッション、そして飲み出すと 弾ける酒癖等、とにかくカラフルな性格の人だという印象でした。その後会うたびにペットにカエルを5種類、7匹飼っていたり等のエキセントリック度を高める事実を知り、私の中で描くアーティスト象に一番近い存在が今回紹介するAmelia Biwald です。

ミネソタ州ミネアポリス出身の彼女は子供の頃から絵を描いたり、物を作る事にのめり込む性格で、友達も少なく、いつも一人でなにかしているような子だったという. 土地柄、森林に囲まれ育ち、一人で森の中に入っては蛇やカエル等を捕まえたり、 おとぎ話の魔法使い等を空想しながら一人で遊ぶような不思議な子だったそうだ。

進路を決める時に親の猛反対されながらも、美術の名門校、Rhode Island School of Design に進学、そして三年生の時にロンドンの Goldsmith School of Art に留学、一年間の留学期間を過ぎても、あまりにも気に入ってしまったので、ロンドンでの滞在をもう一年延長する。 この時の経験や体験が彼女の感性や美意識の形成にとって一番強烈な影響だと言う。  大学卒業後はミネソタ州に戻り、修士号取得の為に、Minneapolis School of Art and Design に進学する。  そこで、著名なレジデンシープログラムのSkowhegan Art Residency のアーティストに選考される。  この Skowhegan というのは歴史のあるレジデンシーで数多くの著名なアーティストを排出している.  ここで彼女は様々な人脈を築き、ニューヨーク進出の足がかりをつかむ。

自然に囲まれ育った故、ニューヨークの生活に戸惑う事もあり、今だに大嫌いと大好きが同時に存在する場所という。 現在はブルックリンのグリーンポイントにある自宅兼スタジオで制作活動を行っている。

70年代までは火葬場として使われていた建物内、しかも遺体焼却炉が置かれていたという曰く付きの部屋が彼女のスタジオである。 建物の歴史を聞いて少し戸惑ってしまったが、彼女のエキセントリックな感性に絶妙な組み合わせだと思えた。  

スタジオ内には過去の作品が多数置かれていた。  どの作品もかなりのサイズと手の込んだ作りと凝った内容なのは雰囲気で伝わってくる。 元々ペインティングだが、インスタレーション、スカルプチャー等あまりジャンルのこだわらないスタイルで次々と作品を発表している。

前回のインタビューに登場したJustine Reyesも参加している、LMCC Studio Program 等にも参加し、様々なグループショウにも出展、そして2006年には念願の個展を Magnametsz project で開催、と順調にアートキャリアを積んでいる。

13歳という年老いたチワワを膝の上に載せながらのインタビューで彼女の作品、インスピレーション等に関して話を進めた。  

18世紀の装飾や美意識が好きでその頃のおとぎ話や神話、魔法使いや魔術に興味が深く。作品にもそうした時代背景を臭わせるような作品を心がけているという。 

殆どの作品に馬が描かれていて、馬同士もしくは人と馬の性描写が生々しく描かれているものが多く、セクシュアルな背景を持つ作品ばかりであった。  こうしたモチーフの出所は実在した18世紀の女傑、Catherine the Greatに対するオマージュであるという。  このCathrine the Great というのはロシア王族からドイツ王族に嫁いで来た女性で、なんと獣姦癖を持つ強烈な人物だそうだ。嫁いだ先の王子と離縁した後 、政治の世界でも幅を効かせるような強い女性で、ウーマンリブの無い時代に女傑としての伝説を残したそうだ 。  しかも、特別にあつらえた機具で馬を空中に吊るし、性行為に明け暮れるなど、少し変わったというだけでは済まないような変態だったという。  その彼女も死因はセックス中に馬を吊るす機具が壊れ、馬の下敷きになり圧死という壮絶な死をとげている。 

踏み入れてはいけない領域の人と動物の関係、そして人魚等の半人半獣伝説等がアメリアの想像力をかき立てるという。エキセントリックな彼女の性格の発信点がかいま見れたような気がした。

ヴェルヴェットに18世紀の版画のようなタッチで描かれた馬等の作品について効くと、非常に興味深い事が効けた。 日本では馴染みのうすい物だが、ヴェルヴェットぺインティングとはとてもキッチュでチープな土産物のような物でありアートにはなり得ないものと見なす風潮がある。  アメリアはこの風潮に疑問を持ち、あえてヴェルヴェットに絵を描くという事を試みたという。 しかし、ただ単純にペインティングを施すだけで無く、コンセプチュアルな意味合いを強めるために、絵の具を用い色を生地に載せるのでは無く、漂白剤で色を抜きながら描いている。 結果は同じでもプロセスの逆転にも意味合いを残す、興味深い作品である。  2007年、White Box Gallery にておこなわれた大掛かりなインスタレーションにこのシリーズを発表し、現在は改造されたアンティークの額縁とこれらのペインティングを組合わせている。

その他にも、以前紹介したJonathan Schipper とのコラボレーションで非常に興味深くレベルの高い作品を完成させている。 中でも、V8エンジンにより駆動するカラスの群れ、Firebird は人間の破壊的進歩と自然界の決して埋まる事のない溝を 表現した世紀末的な雰囲気の作品である。何点かコラボレーションで作品を発表しているがどれも見事なまでに二人の強烈な個性が噛み合っている。 当然の事だが、マッドサイエンティスト とエキセントリックのコラボレーションがつまらない訳が無いのである。

美術を志す日本の読者にアドバイス等をと聞くと、 「人に何を言われようと、どう思われようとひたすら自分の感性をたよりに作品を作る事。人と違う事は美徳であり、武器だと思う事。 自分の判断に完全なる信用を置く事。」とエキセントリックなアーティストから至極まっとうな 助言をいただきました。

http://www.oppositionart.com/main3.htm
http://www.ameliabiewald.com/main3.htm

Nao

2009/11 NEW YORK


Interview with Justine Reyes

英才教育というのは、幼少の頃から個人の才能を見出し、教育と鍛錬で才能を開花させるまでのプロセスです。  ニューヨークシティのパブリックスクールプログラムの中には、音楽を含む芸術学校、アートハイスクールという公立校があり、日本で言う中学三年生、 9年生から12年生までの四年間、 美術、デザイン、音楽、演劇の専門教育を受ける事が出来ます。 その他にも科学や数学の分野で秀でた才能を持つ学生はサイエンス ハイスクールという理系専門の教育機関も在ります。ドイツのギムナジウム制度にも似た教育制度ですが、子供の頃から才能を見出し、個人の個性を伸ばすアメリカならではのシステムである。

入学には、 入学試験の他にデッサンの試験やポートフォリオの審査、そして個人面接を経て、初めて入学が許可されます。  今回のアーティストインタビューはこうした 英才教育を受け、写真家として活躍する Justine Reyes - ジャスティーン レイエズ です。

彼女のスタジオに招かれ、場所を聞くとダウンタウン、金融会社が立ち並ぶウォール街に来るように言われ、驚いてしまった。 こんな所にスタジオを構えてる事がにわかに信じられなかったが、彼女と話しているうちに色々理解出来た。

現在、彼女のスタジオはLMCC (Lower Manhattan Cultural Council) という芸術振興団体のアーティスト レジデンシー プログラムの一環として無料で提供された場所だという。  LMCCは毎年マンハッタンのダウンタウンエリアに点在するオフィスビルの空いたスペースをアーティスト達にスタジオスペースとして使用してもらう目的のプログラムである。 もちろん無料、しかも9ヶ月のプログラムに$1000、使用用途は自由の奨学金まで出してくれるのだ。 毎年約1200人の応募者から10人程度のアーティストが選ばれる、狭き門である。

ジャスティーンに案内され金融街ど真ん中の高層ビルの十階にエレベーターで上がり、扉が開くと何も無い大きなオフィススペースが広がる。 今年は未曾有の金融危機の為、提供されたスペースが例年よりも広く、立地条件も良いそうだ。 十階ワンフロア全てを提供しているので、各アーティストは個人スペースを振り分けられている。 マンハッタンの高層ビルから望むような風景が窓から見え、隣接するビルにはオフィスで働く人々やいかにも忙しそうなウォール街のオフィスが見える。この階には、一切オフィスらしい備品が無く、様々なアーティストの制作風景が シュールな違和感を感じさせてくれた。

写真を撮るために光の調整が効く窓の無い部屋をに案内され話を聞く事ができた。

ジャスティーンはメキシコ系移民の両親の元サンフランシスコに生まれ、子供の頃にNYのクイーンズ地区に移住した。 子供の頃から絵を描くのが好きで、アートハイスクールに進学する方向性は何となく整っていたという。  彼女の通っていたアートハイスクールはMOMAの近所にあり、その学校の生徒は無料で入場出来た為、昼休みの時間にMOMAの彫刻庭園で友達とランチを食べたり、新しい展示などを自分の好きな時間に好きなだけ見れたそうだ。 日本のスタンダードからしたらあり得ないような好条件である。 他の美術館も無料で見て回れるので、早い段階からアートの世界にふれあい、高校生にして、アートギャラリーでのオープニングを闊歩するようなティーンエイジャーだったそうだ。  この頃、写真に興味を持ち始め、カメラを片手に行動する日々が始まったと言う。写真の世界にのめり込み、撮影、そして現像さえ一人でこなせるようになった。 

大学進学も成績優秀だった為、NY州立大学 シラキューズ校に、学費全額免除という待遇で進学する。 芸術学部写真課に籍を置き写真を勉強するが、高校時代の経験の為、物足りなく感じる事が多かったという。好奇心と向上心の固まりのような性格が幸いし、三年程で卒業に必要な単位は全て取り終えていたそうだ。 しかし、奨学金が四年間に渡って支払われるのを利用し、イタリア、ジンバブエなどの国にこれまた全額支給で留学を経験する。 その後はサンフランシスコ アート インスティチュート にて修士号獲得の為に入学する。 

サンフランシスコ時代は今までに無い位写真にのめり込み、寝る暇さえ惜しんで写真に没頭したそうだ。  この頃、実はかなりのホームシックになっていて悩んだ時期でもあったそうだ。 9/11のテロ事件をニュースで見て非常にショックを受けたりもした。修士号獲得後は直ぐにNYに戻って来たのも、やはり自分の故郷に戻りたかったからという。

それからの彼女の活躍は目覚ましく、アートギャラリーはもちろん、美術館レベルの個展やグループ展を展開していて、トントン拍子でアーティストとしてのキャリアを積んでいる。 その背景には彼女の勤勉でぬかりの無い姿勢に表されているようだ。 アメリカには様々な奨学制度がありとあらゆる形で存在して、公募形式で募集者を募っている。 日本ではあまり浸透していないがレジデンシー、やグラントといった金銭を含むアーティストの育成と協力を提供している。

ジャスティーンはそうしたチャンスを数々獲得し、自分の才能を着々と開花させている。 不景気で芸術作品が売れない今、こうした制度を利用し、自分の作品に磨きを掛け作品の幅を広げる彼女の勤勉な姿勢には脱帽させられる。

彼女の作品は常に彼女の家庭環境内や家族に対するデリケートな心情を映し出している。彼女の叔父の着ていたシャツの写真や、母親との旅行先でのシリーズには老いてゆく家族との残り少なくなってしまった時間に対する物悲しさが表現されている。現在取り組んでいる 静物写真のシリーズでは薄れていく記憶の中で亡くなってしまった祖母の形見を通じ血を分けた過去と現在の自分の存在を対比させるプロセスの記録を残している。 デジタルでは無く飽くまでもフィルムカメラで妥協の無い撮影をするジャスティーンの写真には彼女の内面に流れる、繊細な感情と家族に対する深い愛情が感じられる。

LMCCでのレジデンシーを通じて来年から半年間、NYU-ニューヨーク大学での ゲストアーティストに選ばれ、 写真学部の施設を使い放題になる彼女の写真家としての飛躍に注目しています。

www.justinereyes.com
www.justinereyes.blogspot.com

Nao

2009/08 NEW YORK


Interview with Jonathan Schipper

マッド サイエンティスト と聞いて思い浮かべるのは地下にある乱雑な研究室にて、常人には思いつかぬような実験をしたり、 フランケンシュタインのような人造人間を作っている気の触れてしまった博士、となるでしょう。このような視点から見れば、 コンテンポラリーアーティスト は マッド サイエンティストのような存在であります。もちろん、大量殺戮兵器等を作ったり、 テロリストとは異なりますが、人知れず個人のスタジオにて、自分の理想や美学を実現するために思考錯誤を繰り返し、 制作に打ち込む姿勢は同じようなものでしょう。

今回のインタビューはシビアなテーマをベースにしたキネッティックスカルプチャーを世界中で発表している、気鋭のアーティスト、 Jonathan Schipper です。

ジョナサンのスタジオに足を踏み入れた時に感じたのは、まさに マッド サイエンティストの実験室かと錯覚してしまった。 グリーンポイント地区にある工業用ビルの一角に住居兼スタジオを構え、鉄工機具、溶接機、そしてCNC制御のフライス盤や旋盤が所狭し、 と置かれている。 鉄に切り屑や、潤滑油、の跳ねをみる限り、新作の制作に取りかかっていた様子である。 身長190cm、 体重も100kg 超えるような巨躯の男がこれらの機械で精密な作品を作っているギャップが激しい。

彼に住居はこのスタジオに隣接しており、その中にキッチンにてインタビューをする事に。このスタジオには彼のパーティーに招かれた 時に訪れているが、ガチガチのアーティストスタジオと言えよう。 内装全てが自作、入居した時は何も無いスペースを自分で改造し作り 上げるのである。 私が何年か前に住んでいたロフトを思い出させる心地のいい空間である。

キネティックスカルプチャーと言うのは、単純に定義すると、動きのある彫刻の事である。ジョナサンの作品は機械制御で動きを取り入れ たハイテクなものが多いい。高度なエンジニアリング技術、そしてコンピューター制御の知識が無いと作る事が不可能な物ばかりである。 学生時代、陶芸にのめり込んだというジョナサンだが 驚く事に、これらの技術を彼は独学で覚え、自分の作品に活かしているのである。 彼に見るマッド サイエンティストらしさは、 ここまで高度な技術を独学で身に付けた経験からにじみ出ている気がする。

カルフォルニア州に生まれ、大学時代に東海岸に移住、Maryland Institute College of Art にて美術を専攻し、Skowhegan Art Residency を経験した後に97年にニューヨークに移住した。 越してきた理由を問うと 「アーティストを志した者なら当然の選択」とあからさまな 答えが帰ってきた。 思えば私も同じ年に同じ動機でNYに来た者なので、妙に納得してしまった。

言葉で彼の作品を説明するのは難しいので、読者の方々は彼のウェブサイトをまず見てもらいたい。

全ての作品に共通する雰囲気、そして随所に見られる「破壊」の匂いが印象的な作品集である。 私が得に気に入っている作品は テレビモニターとカメラで構成されてる球体の メInvisible Sphereモ そして タイトルにされているメタルバンド、Slayer の曲 "Raining Blood"のドラムビートに合わせてのたうち回る石膏像の作品である。

Invisible Sphere とは 訳すと 「透明な球体」という意味である。 モニターに写される映像はこの球体の中心の対角線上に設置された 小型カメラに撮られているのである。「透明」というコンセプトを違う角度から証明しているウィットの効いた作品であり、床の上をゴロゴロ と転がす事も出来る事で球体である条件も満たしている。 他の作品に比べると、この作品では「破壊」のコンセプトが明確に示されていないと 思うが、我々の持つ「透明」という概念を見事に打ち砕いて、「破壊」してくれている。

"Raining Blood"の仕組みは 紙のロールを巻き取る機械に光センサーが設置されていて、ロールには各ドラムのビートに合わせて小さな 穴が開いている。ロールが巻き取られる行程で、光センサーの上を紙が移動して行く、その際穴の開いた箇所を通過すると、光センサーが、 穴から通ってくる光を感知し、エアピストンを稼働するのである。 エアピストンは石膏像の関節の部分に設置されていて、石膏像の手足等を 作動している。 Slayer の音楽を知っている方は分かるだろうが、かなりハードなメタルなので当然ドラムビートも激しい。その為に石膏像 はまるで痙攣しているかのごとく地面をのたうち回り、やがて砕けていくのである。

今回のインタビューではブルックリン屈指のアートギャラリー、 Pierogi Gallery の新しい展示スペース、The Boiler にて展示されている "Death of the American Muscle" というインスタレーションも公開してくれた。

会場の The Boiler と言うのはウィリアムスバーグにあり、当時は周辺の工場に熱湯と暖房を供給していた巨大なボイラー室を 展示スペースに改造したところである。 中にはまだその古いボイラーが残されており、威圧感のある佇まいを放っている。 この無機質で薄暗いコンクリートの箱とも呼べるギャラリースペースと彼の作品の持つ雰囲気が絶妙な組み合わせであった。

"Death of the American Muscle" とは二台の古いアメ車を正面衝突させる装置であるが、瞬間的に事故を再現するのでは無く、 ゆっくりと時間を掛けて真っ正面から二台の車が衝突する様子を見せるのである。

タイトルにもあるように、車は必ずアメリカ車であり、俗にマッスルカーと呼ばれるタイプの車に限られている。ジョナサンのお気に入りは トランザム  ファイアーバード であるそうだ。 今回のインスタレーションも展示期間である六週間かけて正面衝突を再現したのである。 ギアボックスの組み合わせで時間は調節できるので、衝突のスピードはいくらでも調節が効く。 例えば 一年と言う長いスパンでも可能だ そうだ。 海外でも展示しており、ドイツなどで公開した時は中古のアメ車を現地で探すのに手こずったそうだ。 

この作品の他にもティーカップが地面に叩き付けられ、破片が飛び散る様を機械的に再現した作品なども発表しているように、 ジョナサンの作品には必ず「破壊」のコンセプトが随所に見られる。「破壊」の「創造」の連鎖 を作品の根底に流れるベースとしたのは、 時間や手間をかけ「物」作り上げた達成感、そしてそれらの「物」を破壊した時の快感と価値を同等 に感じられるようになったからだと言う。

彼の作品は皮肉っぽいシニカルなユーモアをまとっている。 彼曰く、人類は最新の科学技術などを駆使し 「前進」しているかのような錯覚に とらわれているが果たして実際に進歩しているのか良く分からない事が多すぎるという。「前進」と「向上」は繋がらない場合が多く、 人類の取り組んできた多くの事が 「後退」そして「退化」である事実 を人は受け入れようとしない。 その為に無駄な破壊と創造の連鎖を 繰り広げ、一向に問題が解決しない、むしろ問題が増えてどうにもならない状況に落ちて行く。作品中に感じられるシニカルな感情は底なし 沼にハマっている自分に思わず笑ってしまうような感覚だ。

映画「ロッキー」でシルベスター スタローン扮するロッキーが駆け上がり両手を揚げガッツポーズを取る階段、あの階段の先には フィラデルフィア美術館がある。 近々ジョナサンの メDeath of the American Muscleモ があの階段の上で展示されるプランがあるそうだ。

GM倒産などに象徴される経済破綻と泥沼化する中東情勢に疲弊しきっている  アメリカ合衆国、アメリカンドリームの化身とも言えるロッキー のイメージ、それらを背景にゆっくりと破壊される、今の時代にそぐわない、 一時は「アメリカの誇り」とも言われた大型車。あらゆる ファクターが あまりにも合致し過ぎる完璧なインスタレーションになる事は間違い無しである。

http://oppositionart.com/

Nao

2009/07 NEW YORK


ビル倒壊

私のスタジオ近所にあったビルが倒壊するという事件が起きました。 写真は事故の起きた次に日のものですが、 私は倒壊直後にたまたま現場近くに居たので、その時の騒然とした雰囲気を体験しました。カメラを持っていなかった のでその時の緊迫した状況の写真はありませんが、消防車が何台も駆けつけ、警察、救急車、マスコミなどの中継車、 ヘリコプターまで飛び交う一大事となってしまいました。  幸い中に居た住人達に怪我などは無く、通行人に軽い怪我が発生 した程度で済んだそうです。  住人の一人によると、バリバリッと建物の何処かが裂けるような音が聞こえ,危険を察知したそうです。  隣のビルの壁の一部もはぎ取られてしまい、両方とも撤収されるとの事。

倒壊したビルの一階にはバーがあり、NYに住み始めた時、近所だったのでよく ここで飲んだ思い出があります。  オーナーが変わってからバーの雰囲気もだいぶ変わってしまったので久しく行ってなかったのですが、今まであった馴染みの 建物が一瞬にして無くなってしまう事が不思議に感じられました。

地震の無いNYでは殆どの建物が古く、百年以上経っている建物などはざらにあります。しかしここまで見事に倒壊した所をみると、 随分と老朽化と構造上の問題が進行していたものと推測されます。真夜中にこの事件が起きた場合、 恐ろしい結果に繋がっていたでしょう。 死傷者がでなかったが奇跡的な幸運だったのかも知れません。

Nao

2009 NEW YORK


Interview with Paul So - Founder of Hamiltonian Artist and Gallery

毎日新しい知識を得られ、生涯勉強という心構えを全う出来たらどんなに豊な人生なのだろうと思います。 最近、一度社会に出た人が自分の為に学校に戻ったり、独学で新しい教養を身につける事を良く耳にします。  

"You are never too old to learn."- 歳をとっても学習できる 、という フレーズがあります。 アメリカでは若い生徒達に混じって、中年もしくは初老の学生を見かける事は珍しくありません。 私は怠け者なので、こうした姿勢の方に出会うと、尊敬と自戒の念にかられ、もっと毎日を満喫しながら生きようと思います。

今回のインタビューは 物理学教授でもあり、ワシントンDCを拠点にアーティストの活動を支援そして芸術の振興を担う Hamiltonian Art Group 創設者の Paul So氏 にお話を伺いました 。

香港で生まれ、少年期をハワイで過ごし、大学時代をロスアンジェルス、大学院時代をアメリカ東海岸 メリーランド、そして現在はワシントンDCと人生の節目にかなり大きな移動を経験している。

現在、ワシントンDCにあるGeorge Mason University 物理学教授として教鞭を取る傍ら、 三年前に自身で立ち上げたプロジェクト、非営利団体 Hamiltonian Artist そして、去年の十月に 私が彫刻の個展をさせていただいた Hamiltonian Gallery のオーナーとして活躍している。 

Hamiltonian Artsist というのは厳選なる審査の結果選ばれた若手アーティストの活動を 二年間のスパンで支援そして育成するプログラム Hamiltonian Artist Fellowship を運営する 非営利団体である。 毎年 ワシントン DC エリアで活動するミュージアムキュレーター、 ギャラリーオーナー、コレクター 、芸術批評家などで構成される審査員が推薦する若手アーティスト (2008年は十人、そして09年は五人)に 奨学金 (年間$2000)を与え、毎月ゲストの アーティストを迎え、Hamiltonian Galleryにて個展やグループ展をする仕組みになっている。 作品をただ発表し販売するだけでなく、各個展後、著名な批評家やコレクターなどを招き、パネル ディスカッションや アドバイスなど、 アーティストとしての進路や方向性までも築く支援をしている。 特別なプロジェクトで費用が必要な場合、寄付金を募りアーティストの夢を実現化させる手伝いまでしてくれるの である。ポールいわく Artist Incubator ?芸術家培養器 と呼べるそうだ。

私が去年の十月に招待され、若手アーティスト二人と三人展を Hamiltonian Gallery にて開催した後、私も批評に参加させてもらいました。

物理と数学を専攻し博士号まで習得し、何故 芸術に関心があるのか訪ねてみたところ、 大学時代に絵画にのめり込んで美術の世界に興味を強く感じたからだそうだ。  しかし、普通なら 大学時代に美術を少しかじったからといって、本格的な芸術家育成/支援団体やハイエンドな アートギャラリーまでスタートさせる人はあまりいない。 積極的に好きな作家の作品を集める コレクターになったり、せいぜい美術館の会員になり毎年寄付をしたり位が一般的な姿勢である。   

ポールの一家は代々、博愛主義者の家系で、文化的、人道的な活動に対して積極的に支援して きた歴史がある。 絵画にのめり込んだ自分の経験を活かし、芸術関係の支援をしたいと思い、 安息年に構想を練り上げ、ダウンタウン ワシントンDCにギャラリー スペースとなる物件を購入する。 ただギャラリーを開けるだけでなく、大幅な増改築を敢行し 一階の展示スペースの他に作品保管倉庫を地下に、 そして二階建てのロフトスペースを上階にもうけた。 (建設プロセスは下記のブログにて) ギャラリー運営資金は ロフトスペースの賃貸で賄い、作品販売だけに頼らず、安定した運営を確保する。 実に良く行き届いたプランであり、 アーティストにしてみれば至れり尽くせりの待遇である。  数年中にはLive / Work スペースも確保し、未来の Hamiltonian Artist達に住居と仕事場まで提供しようというプランもある。

ポールは根っからの勉強家で教育者なのだと感心させられました。 私は美大で講師を努めていますが、 一番困るのがあまりにも 世間知らずで世の中を甘く見ている生徒に出くわした時である。 学校卒業後、スタジオを構え、 個展を毎年開いて、作品の販売で生活する、なんていうのは夢物語に等しい。  確かに、なかにはトントン拍子で成功し 美術界で星を掴む人もいます。 しかし現実はそう簡単には行きません。その行程で挫折し、あきらめ、己の美学の追求を辞めてしまうのが殆どです。 

Hamiltonian Artist の目標はその過酷な道のりを二年間という期間でどれだけ飛躍させられるかにある。 それだからこそ、選ばれたアーティスト達を様々な角度から支援そして教育する設定になっているのである。 

この不景気のなか芸術作品の売買 が冷えきってしまった事に対してポールはギャラリーとしては苦しい が芸術界の為にはポジティブな事だという。 ここ数年アート界は コマーシャルな方向に進み過ぎ、本来求められている斬新さ、 オリジナリティーやインスピレーションに乏しい。コマーシャルな方向を修正するには物が売れなくなる事が一番効果的である。 芸術作品としてクオリティーの低い作品や中途半端な姿勢で芸術に取り組む作家が淘汰され、マーケットが一度リセットされる。 ひたむきに作品を作り続け、諦めずに芸術を追求した者だけが残る。数年後、景気とアートマーケットが復調した時、 Hamiltonianの抱えるアーティスト達を万全の状態でその波に乗せる事を狙う、と語ってくれました。

これだけ入念なプランの元 運営されている芸術家支援/育成 団体というのは私も聞いた事がありません。 至れり尽くせりの支援体制、選ばれたアーティスト達が羨ましく思えます。今はまだワシントンDC近郊のアーティストしか 審査の対象にしていないそうですが、これからは海外の作家達を招待し、新しい作品を発掘し続けたいと言う。 現在、香港と北京にあるアートギャラリーと提携し、アーティスト達の交流を進めているそうだ。 

日本の若手アーティスト達も積極的に応募して欲しいそうです。 ただし、今はビザ サポートは出来ないので 自分でビザを取得してなら受け入れられるとの事。 

そこで、私の個人的な意見 ですが、ビザ取得の為にワシントンDCにある語学学校に入校し、 Hamiltonian でアート制作、そして夜は日本食レストランでバイト、といった熱く、ハングリーな姿勢で芸術に取り組む日本人 アーティストの出現を待ち望みます。

http://www.hamiltoniangallery.com/

http://www.hamiltonianartists.org/

http://hamiltonianblog.blogspot.com  

Nao

2009/06/16 NEW YORK


Bushwick Open Studios

NYでコンテンポラリーアートを堪能したい、と思う方の殆どはマンハッタンの チェルシーに足を運び、 ギャラリー巡りをするでしょう。しかし、ギャラリーで見る作品は飽くまでも展示と発表の為にニュートラルで 綺麗な空間に置かれた物であってアートの現場の半分でしかありません。アートの現場のもう半分、スタジオや アトリエは一般には閉ざされた空間であり普段から見れるものではありませんが、Open Studio というイベントでは アーティストが自分のスタジオやアトリエを開放し、来訪者はもう半分のアートの現場を生で体験できる興味深い物です。 先週末、NY最大規模の Open Studios イベント、Bushwick Open Studios (ブッシュウィック オープン スタジオ) が開催され、話題となりました。

1990年代からアートギャラリーシーンはソーホーからチェルシーに移動、そしてアーティスト達は安くて広い物件を求め、 マンハッタンからブルックリンのウイリアムズバーグに移動し始めました。当時のウイリアムズバーグは工業地帯で、 工場や倉庫の立ち並ぶ人気の無く治安の悪い地域でした。 ドラッグが横行し、野ざらしになった廃墟にホームレスや ジャンキーが住んでいるような所も多くありました。 経済状況の向上と交通の便が良かったのも幸いし、徐々にウイリアムスバーグ  は工業地帯の危険な街から、今では20〜30代に最も人気のある、おしゃれでヒップな街へと急激に変化して行きました。  イーストリバー添いの工場だった物件や建物がロフトに改造されたり、カフェやレストラン、流行の先端を走るブティックなど 立ち並びとても住みやすい街へと変化し、 海外のガイドブックにも載るようになりました。

私もウイリアムスバーグの変化を目の当たりにしてきました。暗くなると身の危険を感じる位ピリピリした街並も今ではその 面影すら感じられません。暮らし易い安全な街への変化は歓迎しますが、昔のエッジーで危ない雰囲気が無くなってしまった事を 悲しく思います。ウイリアムスバーグの家賃が高騰しアーティスト達はまたもや安くて大きな物件を求め今度はLトレイン沿いの ブッシュウィックへと移動しました。現在のブッシュウィックは昔のウイリアムスバーグの面影が残っていて様々なアーティスト やクリエイティブな人種がこぞってスタジオやアトリエを構えています。

今回のオープンスタジオでは、様々な個人のアトリエだけではなく様々なイベントが平行して行われ、200カ所以上のスペースが 一般に公開されました。限定されたエリアにこれだけのアートスタジオが密集しているだけでも驚かされます、 NYコンテンポラリーアートの隠れた拠点と言えるでしょう。そして 何よりも個々の作品の多様さに驚かされます。   平面、立体、ビデオ、パフォーマンス、等、ありとあらゆる手法で個性や美学を表現しようとするエネルギーと情熱にただ 脱帽するばかりです。アートの世界に携わっていなくともこの流れは刺激的な体験になるでしょう。

スタジオやアトリエで展開される世界を見る事でその作品や作者に対する思いが深まる気がします。綺麗に整理整頓されている スペースもあれば、グチャグチャで乱雑なスペースもあったり、普段は公開しないような作品や未完成の作品などアーティスト個人の 精神的な側面さえ垣間見える、貴重な経験だと思います。

アートギャラリーにてギャラリストやコレクター達と交流するきらびやかな世界が「陽」であるならば、地道で偽りの無い作業行程、 アーティスト個人の苦悩やひらめきが交錯するスタジオでの世界が「陰」なのか、それとも 華やかな世界の裏にあるビジネス的で ドロドロとした人間関係を「陰」とするならば、一人スタジオにて外界を遮断し、自分の世界に没頭できる至福の時を「陽」と感じるのか、 表裏一体、両方の世界を合わせたものがアートの現場であり、どちらが欠けてもいい結果は生まれない、故にアーティストとして成功する事 の難しさが潜んでいるのでしょう。

前回レポートしたアーティストのローリーカークブライドのスタジオもブッシュウィックにあり、今回彼女はインスタレーションの新作、 "Pink Green" を公開し大好評でした。蛍光ピンクのゴルフボールと緑の鮮やかなコンビネーション、彼女の絶対色であるピンクと グリーンで訪れる人の目を釘付けにしていました。 

土日の二日間だけでしたが、かなりの数の来訪者が訪れてくれたおかげでとても楽しいイベントになり収穫もかなりありました。 来年も楽しみです。イベントの詳細はこちらのサイトにて。

http://artsinbushwick.org/

Nao

2009/06/06 NEW YORK


I-Candy

以前インタビューをしたアーティスト、Lori Kirkbride の個展がテキサス州 ダラスでありました。

今回は180cm x 180 cm のパネルに描かれたペインティングを七枚、そしてTag Sale のインスタレーション を600枚とカラフルで派手な作品を発表しました。

ギャラリー一杯に展示された作品を見ると彼女独自の世界が見えます。オープニングに訪れていた方々  皆、彼女の作品を見るととてもハッピーな気分になれると口を揃えていました。

来週行われる、Buschwick Open Studios のイベントには新しい試みの インスタレーション、 "Pink Green"を発表する予定ではりきっている様です。

不況の中、アート市場は厳しいものがありますが、ドバイや不況とは縁の無い国のコレクターや、 NYのキュレーター達が彼女の新作に注目しています。

日本でも彼女の作品が見れる日も近いでしょう。

Nao

2009/05/22 NEW YORK


Brooklyn Design 2009

今年もBrooklyn Design が いつもと同じDUMBO エリアにて開催されました。   不景気の影響なのか、今年は会場も一つで、全体的にも小じんまりした印象でした。  今年は私は作品を展示していませんが、 前回のインタビューで紹介した アーキテクトオフィス、 Horgan Beckett の二人、と去年 私とコラボレーションで作品を出展した OSO Industries もブースを展開していました。

   中には製品としては成立しなさそうな斬新なデザインも見られ、ブルックリンらしい、 勢いのある作品が目を引きました。景気が悪くてもクリエイティブな  心意気は止まらないという姿勢に共感しました。

Nao

2009/04/23 NEW YORK


Waiting for Coyote Revisited

少し前にWaiting for Coyoteという彫刻作品を紹介させていただきましたが、つい最近、ブルックリンにある City Reliquary Museum というところでプレゼンテーションをさせてもらいました。

http://cityreliquary.org/

この小さなミュージアムではニューヨークシティにおける時代の移り変わりを色々なアンティークやその時代に使われていた道具や標識などで綴るユニークな博物館です。 一見、ふつうのbodegaにしか見えませんが中に入ると、古めかしい様々な物が陳列されています。  地下鉄のつり革やら、地図、ポスター、工具など、NYCにゆかりのあるものが所狭しと並べられていて、歴史の一端をかいま見る事が出来ます。

この日のテーマはセントラルパークで捕獲された野生のコヨーテ、Halの追悼式で、アーティストや学者達のコヨーテやセントラルパークにまつわるエピソードやプロジェクトを公開してくれました。

当日の模様はこのリンクから:  www.actiondirection.blogspot.com

この日の前夜にコンタクトを貰い、当日に私の彫刻をプレゼンして欲しいとの依頼を受け、急遽飛び入りで参加させてもらいました。

アーティスト の Dillon de Give は入念リサーチの元、構成された、ルートでHALの辿った道のりをセントラルパークから徒歩でさかのぼるプロジェクトを発表しました。

その内容はこのリンクで:  www.implausibot.com/coyote/hal1.html  

後に彼に会い、聞いた所、三日間歩いてHalが生息していた森林地帯に辿りついたとの事でした。  結構タフな道のりだったそうです。

歴史学者のKay Turnerはアメリカ先住民達の昔話に登場するコヨーテのエピソードなど、アメリカにおけるコヨーテのイメージや象徴される事柄の歴史を学者らしく、紹介してくれました。

私は手短かに自己紹介と作品のプレゼンテーションをさせてもらいました。  狭い会場に60人程の人出でしたが、人前で話す事はあまり得意ではないので、簡潔に終わらせてもらいました。

会場に来ていた人達に、この中にニューヨークシティで生まれ育った方は居ますか? と問うと一人もいなかったので、あなた達もこのコヨーテのようなものですよ、と言うと軽い笑いがとれたので、良かったです。

Nao

2009/03/08 NEW YORK


Cayce Becket & Gregory Horgan

ここで生まれ育っていない限り、NYに生活する人は皆移民と言えます。明かりに群がる蛾や磁石に吸い寄せられる砂鉄のように世界中から様々な人が集結しています。 確固たる夢や目標を持つ者もいれば何となく流れ着いてしまった者、誰もが羨むような成功を納めた者、そして夢破れ消えてゆく者、様々な理由や境遇の持ち主に出会います。 私もこの街に魅了され住み着いてしまった者の一人ですが、Cayce Becket と Gregory Horgan の二人も 建築家になる事を目標にNYに移住 、現在は夫婦で独立した建築事務所Horgan Becketを立ち上げています。

二人とも1995年に 学生時代にNYに渡り、建築を専攻。卒業後、他の建築事務所で経験を積み、二年前に現在のオフィス兼工房を設立。NYに着々と根を張り、自分達の夢を現実化している。

Casey は、ロス アンジェルスのサンタモニカ出身、一家三代にわたって、男性親族の殆どが建築家と言う建築家一家に生まれ、幼少の頃から建築家になる事を目指した。 当時、ロスとNYの建築学校二つに合格し、NYを選んだ理由は、生まれ育った街を離れ異文化の刺激を受けたかったからという。

Greg はアメリカ中西部のミズーリ州出身、大工職人の父の影響で建築を学ぼうと思いつく。地元の建築学校に進学するが、彼の才能と熱意を見抜いた教師達の勧めでNYの大学に編入する。片田舎を離れ都会に身を置き、最新の技術や知識を吸収しようと思った。

ほぼ同じ動機でNYに移り、二人は学生時代に出会い、交際を経て結婚、そしてビジネス面でもパートナーと、まさに二人三脚で歩んでいる。

NYの魅力は何か、と訪ねると様々な分野で文化の最先端であり、発信地だからだという。街全体にエネルギーを感じられて、常に動いている感覚がクリエイティブな感性を刺激される。 ありとあらゆる人種がひしめき合い、乱雑だが、勢いを体感できる所がこの街を離れたくない理由だと言う。  

建築家の視点からこの街の魅力を語って欲しいと聞くと、NYは殆どの建物が一世紀前の建築であり、それらの建物はみな武骨で重厚なたたずまいがあるからと言う。ここ最近の建築ラッシュで、薄っぺらな、偽物の建物が増えた事は賛同できないという。  

例えば、彼らのオフィスの所在するビルは約 200年前に建てられた工場で、持ち主が変わるたびに用途や内装を変えながら使われてきた、昔ながらのレンガ作りのビルである。レンガの壁は厚さ40cm程あり、 梁に使われてる鉄骨は現代の建築基準では考えられない程大きく、肉厚である。 鉄製の柱と梁をつなぐ強固な連結部分を見ると、古き良きアメリカの名残りを確かに感じさせられる。NYの街で消火栓を見ると、やはり古い消火栓のほうに重厚な魅力を感じるのと同じ感覚だと思う。昔のアメリカ車や軍隊装備を魅力的に感じる私にとっては親しみやすい、Heavy Duty な美学とでも言うのだろうか。

一度作ったら一生使え、頑丈で偽りの無い作りを持つ建物に魅了され、ブルックリン内にオフィスを探していた時にこの物件を見付け、即決したという。ただ、この物件も一つの大きなスペースであり、オフィスと工房を区切るための内装工事、配管、電気工事、全て二人でこなしたという。 足を踏み入れた瞬間からここは二人の美学をあらゆるディテールから感じられた。

職人肌のグレッグは鉄工を得意とする。 溶接設備の整った工房は整理整頓が行き届いて、いつでも仕事に取りかかれる体制が伝わってくる。鉄工所と言うと、汚くて危ないイメージが付きまとうが、ここは鉄屑一つ落ちてなく、床にも油のシミなど一つもない。プロほど毎日の仕事の後の掃除を徹底すると言うが、この辺にも父親譲りの職人気質が感じられる。

オフィス内も居心地のいい、仕事がはかどるような作りになっている。 窓から十分な明かりが入り、図面や資料がすぐに調べられる無駄のないレイアウトを見るとさすが建築家だと感心させられる。 

壁には様々な模型やプロトタイプが並んでいる。建築の仕事の合間にこうした模型を作りながらイメージを膨らますそうだ。二人はプロダクトデザインにも進出するプランがあるという。

グレッグが熱っぽく語ってくれたのがデザインプロセスの中で湧くインスピレーションの重要さである。 デザインから実際の物を作る過程で様々なひらめきがあり、その可能性を最大限に活かすのがデザイナーの仕事である。例えば、テーブルの足をデザインしている時に、高層ビルのイメージが湧いてきたので何種類かのマケットを作り、違う材質で試行錯誤する。 発信点のスケールを置き換え、ミクロの視点でマクロなアイデア、もしくはマクロの視点でミクロなアイデアと二つの視点を何度も往復する事によってインスピレーションの可能性を探り、応用する事が出来る。エンパイアーステートビルも一本の鉛筆を立てた時のインスピレーションを元にデザインされたものだと言うのも説得力がある見解である。

独立した事務所を持つ事によって 大きな事務所には求めにくい要望や顧客のこだわりにも対応出来き、一つのプロジェクトに対してクオリティーを高められる。 そして彼らのような小さい事務所にしか出来ないような仕事を世に送り出して行きたいとこれからの抱負を語ってくれました。

Nao

www.horganbecket.com

2009/01/10 NEW YORK


SCOPE Miami - International Contemporary Art Fair

毎年フロリダ州マイアミでは12月に様々なコンテンポラリーアートフェアが開催されます。 Art Basel Miami, SCOPE Miami といった会場に世界各地からの アートギャラリー集まりが展示会を開きます。 このようなイベントはアメリカ各地で行われていて、 ニューヨークでも毎年秋に開催されます。

SCOPE Miami にて、私の作品も二点、Hamiltonian Gallery の展示スペースにて出展させてもらいました。 前回のブログでも紹介した、Wonderful Healthy Orgasmic Recreational Electronics, と Vvvvvvvvenus という作品です。

この一週間、マイアミでは様々なアート関連のイベントや催し物が開催され各地から著名なコレクター、キュレーター、美術評論家、ライター、アーティストが集まります。  一カ所のイベントで一気に数百以上のアートギャラリーが抱える作品を見れる所が魅力です。

今回私はマイアミまで行けないのが非常に残念です。 これほど沢山のアート関係者達とのネットワークを広げるチャンスを逃すのと、マイアミの暖かい気候を楽しめないのが心残りです。

世界中の金融危機で美術品の売り上げがクリスティーズやサザビーズのオークションでさえ半減している中、自分の作品が売れるかどうか分かりませんが、売れた場合、自分に対するいいクリスマス/誕生日プレゼントになります。

誰か買ってくれ!!

このイベントに合わせて、自分のウェブサイトを一新しました。まだ完全では無く、家具の画像などを掲載していませんが、すぐにアップデートしたいと思います。 暇があるとき見てみてください。

Nao

www.naomatsumoto.com

www.scope-art.com
   
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